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「何かあれば先生が助けにいくから」

真央、一問一答「4年間の恩返しできた」
日刊スポーツ 2月21日(金)2時24分

無題11
女子フリー、演技する浅田(撮影・PNP)

<ソチ五輪:フィギュアスケート>◇20日◇女子フリー

 バンクーバー五輪銀メダリストの浅田真央(23=中京大)が、フリー演技で自己ベストを6・41点更新する142・71点の高得点をたたき出した。

 -トリプルアクセルを跳んだ

 浅田 できると思って、これが自分がやろうと思っていた構成なので、良かったです。

 -演技を終えて

 浅田 今日の朝の練習は良くなかったので、自分のことに集中して、自分がやりたい演技をしようと思いました

 -今日は、どのように気持ちを落ち着かせて、立て直していったか

 浅田 いろいろあったけど、1つずつ今までもクリアしていったので、今回のこの試合もジャンプ1つ1つを、クリアにしていきました。

 -3回転6種類とんで、この4年間してきたことができた

 浅田 できました。

 -終えたオリンピック、どう思いますか

 浅田 昨日の演技はとても残念で、自分もすごく悔しくて取り返しのつかないことをしてしまったなという思いがあるが、今回のこのフリーは、しっかりこの4年間やってきたことができた。そしてたくさんの方に支えてもらったので、その恩返しもできたと思います

 -あらためてフィギュアに対する思いや皆さんへの思いを

 浅田 こういうオリンピックという大きな舞台で、日本代表としてメダルを持って帰ることは出来なかったと思うんですけど、自分が目指しているフリーの演技が今日できた。結果としては良くなかったと思うけど、私なりの恩返しができたかなと思います。


最高の演技、真央「うれし泣きと笑顔」
鈴木、村上 フィギュアFS後コメント

(スポーツナビ)2014/2/21 5:14

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最高の演技を終え、浅田真央は感極まってうれし涙を流した【Getty Images】

 ソチ冬季五輪フィギュアスケート女子フリースケーティング(FS)が現地時間20日に行われ、浅田真央は冒頭のトリプルアクセルをきれいに決めると、五輪では女子選手初となる全6種類の3回転ジャンプを成功させた。FSの得点は自己ベストの142.71点をマークし、ショートプログラム55.51点との合計は198.22点。16位と出遅れた前日のSPから一気に6位入賞までジャンプアップした。

 優勝はSP2位から合計224.59点(SP74.64点、FS149.95点)で逆転したアデリナ・ソトニコワ(ロシア)。地元ロシアに初の女子フィギュア金メダルをもたらした。史上3人目の連覇を狙ったキム・ヨナは219.11点(74.92点、144.19点)で銀メダル、27歳ベテランのカロリーナ・コストナー(イタリア)が216.73点(SP74.12点、FS142.61点)で銅メダルだった。

 日本の鈴木明子は186.32点(SP60.97点、FS125.35点)で8位入賞。村上佳菜子は170.98点(55.60点、115.38点)で12位だった。

 以下は浅田、鈴木のコメント。

■浅田真央「とにかく跳ぶという気持ちでした」

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最高の演技を終え、浅田真央は感極まってうれし涙を流した【Getty Images】

――トリプルアクセルがきれいに決まった。どんな気持ちだった?

「よしっ!」と思いました。緊張もあったんですけど、このままいけると思っていました。

――ジャンプにも気持ちが入っていたが

 リンクに入ってからはできると思うんだけだったんですけど、それまではいろいろ考えていて、今までも1つ1つクリアにしてやってきたから、今回のプログラムも全部を見るんじゃなくて1つ1つクリアにしてやっていこうと思っていました。

――最初にリンクに入ったとき、すっきりした顔をしていたが、どんな気持ちで演技を開始したのか?

 たくさんの方に励ましの言葉をもらったので、最後は覚悟を決めてリンクに立ちました。そういう気持ちでした。

――世界のスケーターが励ましの言葉を出していたが、知っていたか?

 知らなかったです。昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日こうして自分の中での最高の演技をできたので、恩返しができたと思います

――フリーに臨むにあたって、どういった言葉が励みになったか?

 最終的にはやるしかないと。自分を信じて、自信を持って、練習してきたことを信じて、昨日のようになっても、とにかく跳ぶという気持ちでした。

――吹っ切れたのはいつ?

 6分間練習ですごく良い状態でできたので、これならいけると思いました。

――それまでは不安が少しあった?

 朝の練習は全く体が動かなくて大丈夫かなと。そういう思いになっていたのが、すごい自分でも大丈夫かなって心配でした。自分でよく考えたりして、吹っ切れたといえば吹っ切れたのかなと思います。

――朝の練習は少し来るのが遅くなったが、それはリンクに来たくないという思いがあった?

 それはなかったですね。昨日もちょっと寝不足で、起きるのが遅くなってしまい、それでアップも遅くなってしまったんです。それでアップが遅れてしまい、そこは焦らずに自分のペースで乗ろうと思いました。

――朝の練習が終わってからはどのように過ごしていたのか?

 今日の朝は自分の練習が全くできなくて、練習していないようなものだったので、それからトレーニングに行って、体をいつもの練習のように動かして、それからよく寝て、食べてここに来ました。

――どんなもの食べた?

 お赤飯です(笑)

――昨日の悔しさは、これまでの悔しさと比べてどのくらいだったか?

 悔しさもあったんですけど、それよりは終わったあとは言葉にならなくて、今まで何やってきたんだろうなと思いました。

――今振り返ってみると、昨日は何が原因だった?

 自分の気持ちがもう1つ上に伸び切らなかったかなという感じがします。

――最後のスパイラルに入るときはどんな気持ちで滑っていたか?

 最後の最後まで思いを込めて、1つ1つをクリアにしていこうと思ったので、スパイラルのときはまだだと思っていました。

――最後に流した涙はどういうものだったのか?

 昨日の悔しさも少しはあったんですけど、こうして自分が目指している演技ができて、今まで支えてくれた皆さんに、メダルという形として残すことはできなかったですけど、あと残されたのは自分の演技だけだと思ったので、自分の中で最高の演技ができたし良かったと思います。

――(佐藤)信夫先生は何と言っていた?

 先生の昔の生徒さんも、試合の1日前に熱を出して試合に出られるか出られないか分からない状態で、とりあえず出てみて、もし何かあったら先生が助けに行くからという感じで出た選手が、最高の演技をしたというのを聞いて、自分はそういうわけではないのに、できないのは絶対にないと思ったし、今まで練習してきたことを信じてやれば大丈夫だから、気合いをいれていこうと思いました。何かあれば先生が助けにいくからと言っていました(笑)。

――失敗に1つ1つ向き合いながらやっていたが、今日の体験はどういうことを教えてくれた?

 天と地の差でした。今までも良かったとき悪かったときはあったので、自分が目指していたのは昨日のような演技ではなく、今日のような演技でした。でもこれが自分なんだなというのは受け止めています。今は悔しい気持ちとやり切った気持ちはあると思うんですけど、バンクーバーのときもそういう気持ちで終わって、あとから良かったかなという気持ちが出てきたので、今回も終わってホッとして、それから4年間良かったなと思えると思いますし、その気持ちがどんどん強くなるんじゃないかなと思います。

――終わったあとは涙と笑顔があったが、どんな涙とどんな笑顔だった?

 終わったときは「やった」という気持ちが強くて、今日はとりあえずたくさんの方から「笑顔がみたい」というメールが来たので、終わったときは良かったと思って、すごいうれしかったんですけど、おじぎのときは笑顔になろうと思いました。自分の中ではうれしかったです。うれし泣きと笑顔です。

――何かのために滑ろうという気持ちは昨日と今日で違ったのか?

 昨日は五輪の怖さをまた感じてしまって、そっちの方が勝ってしまって、4年間やってきたこと、支えてもらった感謝の滑りというのが薄かったなと思いました。なので今日は感謝の思いを込めて滑ることが自分の恩返しかなと思いました。

――ここから4年というのは想像できるか?

 できません。

――整理がついたら考えること?

 そうですね。今回はとにかく悔いなく、バンクーバーのときは悔いが残ったので、今回の最後の2回はバンクーバーが蘇ってきたんですけど、そういった意味ではバンクーバーのリベンジはできたと思うので、今はこのあとのことは考えていないですね。

■鈴木明子「自分は恵まれて幸せなスケーター」

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ベストの演技ではなかったが、「本当にこの場で滑ることができて良かった」と鈴木【Getty Images】

――伸びのある滑りだったが、もったいない部分もあった

 転んでしまったのはもったいなかったですが、いろいろなジャンプを踏ん張ってあとは立とうという気持ちだけで滑ったので、全部私らしかったなと思います。

――一番うまくいった部分は?

 最後までとにかく心で滑ろうと思っていたので、曲を聴いて、今日出ていく前に先生から、「ここ劇場だからね、5番ボックスあるよ」と言われていました(笑)。絶対ここからはファントムが見ているからと言われていました。

――ファントムは長久保先生ということで

 そうですね(笑)。本当に見守られている感じで滑りました。

――終わったときはどんな気持ちだった?

 正直ほっとしましたし、悔しい気持ちはありましたけど、ずっと足のことも不安だった中で、今日はリンクに立ったときは痛くなかった。終わってから痛くなったんですけど、滑る前は、今までは本当に痛くて痛くて靴も履けない状態のときもあったんですけど、今日は痛くない、神様ありがとうと思いました(笑)。最後まで本当に滑らせてもらったと感じています。

――どういうふうに昨日から気持ちを立て直した?

 やるだけのことはやったから、できることしかできないし、ジャンプは水ものと思っているので、できたりできなかったりはあるけれども、それ以外のところ、もともと自分がどんなスケーターかを考えたときに「ジャンパーじゃないな」と思って(笑)。もともとはスケートが好きで、心から滑って、音楽を聴いてというのを子供のころからやっていた。そういうのを思い出して、信念を貫こうと思って、最後はすごくお客さんの拍手も歓声もすべて聞こえていましたし、本当にこの場で滑ることができて良かったなと思います。

――2度目の五輪はやはり違った?

 バンクーバーのときはがむしゃらにやって終わってみて、「終わっちゃったな」という感じですけど、今回は準備の段階からいろいろとうまくいかなかったりとか、全日本であれだけ良い演技ができて、自分だけ求めるものが高かった気がするし、やっぱり自分でも狙いたいという部分がありました。ただ、これは幸いなことですけど22年間、足が痛くて試合に臨むということが少なかったので、ここに来て何でと思いましたけど、たくさんのスケーターがけがを抱えて頑張って試合に出ていてというのは、自分もそれを経験して、これが自分の人生に役立つなと思ったし、いろいろな形で伝えていくこともできると思います。こんなに痛みを我慢して、不安を抱えながらやるというのもこれが最後なのかなと思ったときに、これも含めて五輪だと思ったので、そんなに全員が全員、準備万端で最高の状態で臨めるわけじゃないんだなと。今は戦い抜くことができて、本当にベストじゃなかったことは悔やまれますけど、よかったなと思います。

――高橋選手も足を負傷している中、渾身の演技をした。それが刺激になった?

 長年、彼とはずっと一緒にやってきたので。昨日も終わったあとに連絡くれて、すごく励まされましたし、とにかく自分のスケートをしてほしいと言ってくれました。彼も最後まで自分のスケートを貫いて、私もすごく心に訴えるものがあったので、私も絶対に自分自身のスケートをやろうと考えていました。今日は彼がどんな感想を言ってくれるか分からないんですけど、一緒に乾杯したいですね(笑)。

――幸せだなと思って終わりたいと言っていたが

 本当に無事滑り終えたので、自分は恵まれて幸せなスケーターだなと思いました。

――昨日は眠れた?

 ちょっと時間が少なかったんですけど、練習のあとに眠りました。

――どんな気持ちで眠った?

 SPの前よりは、1つ仕事が終わってホッとした気持ちでした。もう怖いものはないし、後悔することが怖かったので、まずは人間の生活の基本をしようと思って、きちんと寝て、きちんと食べて、練習をするということを心掛けました。

――先生に言葉を贈るならどういう言葉を贈る?

 先生が泣けるようなスケートではなかったですけど、本当に最後の最後まで先生が付いていてくれたのでここまでできたと思います。「ありがとうございます」と伝えたいです。

――長久保先生は「まだやる」と言われれば付き合うしかないでしょと言っていたが?

 相談します(笑)。辞めてもいいように準備をしてやってきているので、あとは終わってから決めようと思っていました。今回こうやって終わって、今すぐは分からないですけど、あとはコンディションを見て、今は足をいたわりたいと思います。

――この10年くらいで先生から1番いただいたものは何か?

 あきらめない気持ちをもらいました。ずっと3回転−3回転をやれと言われましたけど、どうしても苦手だったものをなんとかできるようになったので、食らいついて、喧嘩をしたのは自分の中でありがたかったと思います。

■村上佳菜子「五輪はすごく怖い試合」

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ホロ苦い結果に終わった村上、五輪は「見えないプレッシャー」を感じた【Getty Images】

――今日の滑りはどうだったか?

 覚えているような覚えていないような、すごい焦って滑っていたなと感じます。

――昨日の悔しさは?

 今日の朝の練習まで引きずっていて、朝の練習が終わったあとからこの試合まで自分なりに切り替えてきたんですけど、うまくいかなかったという感じです。

――どう切り替えようとした?

 昨日から心に詰まったものがあって、それをどうやってやれば取り除けるんだろうと、いろいろな人に軽くケアしてもらって、リラックスしたりとか1回寝たりとかいろいろしました。

――初めての五輪はどう感じた?

 もう1回行きたいと思えば行きたいと思いますけど、もう出たくないと思えば出たくないというのがあって、全日本とかだと五輪を懸けたプレッシャーとか自分でも原因が分かるんですけど、見えないプレッシャーを五輪って感じるんだと思いました。

――全日本のプレッシャーとどう違う?

 4年に1回しかないプレッシャーなのかなとは思いますけど、自分でも原因が分かっていないので、すごく怖い試合だと思います。

――今日の演技はそこまで大きなミスはなかった

 いつもは覚えているんですけど、なんか記憶にないんです。ダブルアクセルはしっかり跳んだというのは覚えているんですけど、あんまり覚えていないです。とりあえず体が覚えている振付をやって、ジャンプをしてという感じでした。

――いままでそういう経験は?

 なかったです。だからこそ怖いなという感じです。ダブルアクセルのところまでは覚えているんですけど、そのあとが焦っていてステップのところとかはできていたのか、ミスしていたのかは分かりません。

――反省点と収穫は?

 収穫は4年に1回しかない五輪という誰もが目指している舞台を経験できたことが大きな収穫だと思います。課題は数えきれないほどあるので、気持ちの持っていき方だとか。

――いつからおかしくなってきたのか?

 試合が始まる2日前くらいから「ん?」と思ってきて。日本で練習しているときはすごく調子が良かったので、まさかこうなるとは思っていなかったのでちょっと悔しいです。

――世界選手権がこのあとあるが?

 今は挽回してやろうという気持ちでいっぱいです。

――今後は女子を引っ張っていく存在になるが

 まだあんまり考えられないというか、今終わったばかりなので、先のことは考えていないです。



プルシェンコがクワンが!真央のフリー演技に世界の名スケーターたちが感動
東スポWeb 2月21日(金)10時34分

無題12

前夜のミスを乗り越えての演技に世界中のスケーターから賞賛が寄せられた

 真央の“最高の演技”に世界のスケーターたちが感動した! ソチ五輪フィギュアスケートの女子シングルでショートプログラム(SP)16位からフリーで6位に巻き返した浅田真央(23)にプルシェンコら有名スケーターたちからツイッターで賞賛の声が寄せられた。

 前夜のSPではミスが重なり16位となった浅田。そんな彼女に対しツイッターでは世界中のファンがハッシュタグ「#GoMao」「MaoFight!」をつけ応援。さらに長野五輪男子シングル銀メダリストのエルビス・ストイコや長野五輪女子シングル銀メダリストのミシェル・クワンら海外の有名スケーターたちからもエールを送られた。

 そんな応援に応えるように一夜明けたフリー。浅田は冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させると計8度の3回転ジャンプをすべて決める完璧な演技。今季自己ベストの142・71点をマークし、集大成となる五輪を締めくくった。

 大きすぎるSPのショックからの劇的な″復活”に対し、世界の名スケーターたちからは惜しみない賞賛がツイッター上で寄せられた。

“皇帝”エフゲニー・プルシェンコは「真央は素晴らしかった。トリプルアクセルは特に良かったよ。君は真の戦士だ」と前夜のミスを引きずらずトリプルアクセルを成功させた浅田を賞賛。また前夜のショートプログラムの際「ミスは残念だけど、このプログラムは大好き」と応援したバンクーバー五輪銅メダリストのジョアニー・ロシェット選手も「真央!なんてスケート!なんてファイターなの!」とミスをはねのけたハートの強さをたたえた。

 演技後には感極まり涙を流した浅田。前夜のミスからの復活にこれまでのスケーティング人生の集大成。氷上では点数に表れない思いが伝わった。

 クワンは「真央の姿に涙した。一生忘れない演技だった」。トリノ五輪男子フィギュア銅メダリストで、金メダリスト羽生結弦の振り付けを担当したジェフリー・バトルは「僕の目から涙がこぼれた。ありがとう真央。華麗だったよ」と感動をつづる。

 10代のころから浅田と切磋琢磨してきた安藤美姫も「真央を誇りに思います。今夜の浅田真央こそが本当の彼女。ソチで彼女は自身のベストの演技をしました! ありがとう」とツイート。誰しもがその演技に胸を打たれた。

 フリー終了後、世界中から寄せられたエールについて「昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日こうして自分の中で最高の演技をできたので、恩返しができたと思います」と語った浅田。その思いが世界中に届いたことは間違いない。



最後のトリプルアクセル…感謝の気持ち込めて
涙のあとに最高の“真央スマイル”

(スポーツナビ)2014/2/21 12:00

集大成の舞台で自己最高の演技
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感謝の気持ちを込めて滑ったFSは自己ベストをマーク。トリプルアクセルを成功させ、“真央スマイル”がはじけた【写真:AP/アフロ】

 うれしさと悔しさが入り混じった万感の涙。そのあとに見せたはじけるような笑顔。浅田真央(中京大学)が最高の演技を披露して、大観衆を沸かせた。

 現地時間2月20日に行われたソチ五輪フィギュアスケート女子フリースケーティング(FS)。前日のショートプログラム(SP)で16位と出遅れた浅田は、FS自己ベストとなる142・71点をマークし、最終結果は6位となった。

 演技冒頭のトリプルアクセル。滑らかな助走から高く舞うと、スムーズに着氷した。「『よし!』と思いました。緊張もあったんですけど、このままいけると思っていました」(浅田)。昨年2月の四大陸選手権以来となる大技の成功。これで勢いに乗り、その後はコンビネーションジャンプの3回転ループと3回転トゥループで回転不足をとられたものの、6つのトリプルジャンプを転倒なく跳び切った。

「昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日こうして自分の中での最高の演技をできたので、恩返しができたと思います」

 前日のSPは3つのジャンプすべてにミスが出てまさかの16位スタート。この時点で目標としてきた金メダル獲得は絶望的になった。演技後は「何が起こったか分からない」と放心状態。FSへの影響も懸念されたが、見事に立て直し、渾身の滑りを見せた。「自信を持って、練習してきたことを信じ、たとえ昨日のようになっても、とにかく跳ぶという気持ちでした」。FSだけなら3位、技術点も優勝したアデリナ・ソトニコワ(ロシア)に次ぐ2位と、集大成の舞台で本来の実力を発揮した。

佐藤コーチの喝で目を覚ます
 SPのショックを引きずったまま迎えた午前中の公式練習。よく眠れず、少し時間に遅れた浅田はジャンプの修正を試みながらも、「全く体が動かない状態」だった。ジャンプのミスも続き、「大丈夫かな」と本人も心配になった。そんな状況に喝を入れたのが浅田を指導する佐藤信夫コーチだった。

「試合はまだ3分の1しか終わっていない。あと3分の2が残っているんだから気合いを入れろ」

 SPは合計点の3分の1でしかない。まだ残りは十分あるということを佐藤コーチは伝えたかった。さらに練習後、佐藤コーチは自身の教え子である松村充さん(専修大学フィギュアスケート部監督)の話を浅田に聞かせた。松村は1976年のインスブルック五輪、80年のレークプラシッド五輪に出場したかつての名選手。その松村がレークプラシッド五輪に出場した際、SPの後に風邪で寝込んでしまい、全く練習できないままFSに挑んだ。そのとき指導していた佐藤コーチはこう言って松村を送り出したという。「ぶっ倒れてもリンクの中に行って助けてやるから、倒れるまでやってこい」。すると松村は選手人生で最高の演技を披露したのだ。

 この話を聞いて浅田は自身を恥じた。「自分は体調が悪いわけではないし、できないことは絶対にない。今まで練習してきたことを信じてやれば大丈夫だから、気合いをいれていこうと思いました」。佐藤コーチも「かなり目が覚めたんじゃないか」とその効果を感じていた。

これまで支えてくれた人たちに感謝を
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演技終了直後、感情が込み上げ涙が頬をつたう。歴史にも記憶にも残るラストダンスとなった【写真:アフロ】
 
気持ちが吹っ切れた浅田は選手村に帰ってからは自然体で過ごした。午前中は満足な練習ができなかったこともあり、トレーニングで体を動かし、昼寝をしてから赤飯を食べて会場入りした。すでに覚悟は決めていた。「自分の中で最高の演技をしよう」。たとえメダルを取れなくても、これまで自分を支えてくれた人たちに感謝の気持ちを表したかった。そして最後は笑って終わろう。

 SP後、ショックに打ちひしがれた浅田のもとにはたくさんの励ましメールが届いた。その中にあったのは「真央の笑顔が見たい」というものだった。多くの人を魅了する屈託のない“真央スマイル”。それが一度も今大会は出ていなかった。

 かつての同志もツイッターなどで温かい言葉を贈った。昨年末の全日本選手権後に引退した安藤美姫さんは「トリプルアクセルに挑む姿は本当に凄いと思います。優雅な彼女にしかできない雰囲気を魅せてくれました。悔いなく自信を持って滑って輝けますように!!! 考え過ぎず小さい頃のように」とエール。2度の五輪出場経験を持つ村主章枝も「今までずっと努力してきた形がフリーのプログラム。だから、その作品をきちんと見守ってあげよう」とつづった。

 そうした思いを背に受けて臨んだFS。今季一度も成功していなかったトリプルアクセルを、4年前のバンクーバーに続き、五輪という大舞台で再び成功させた。6種類のトリプルジャンプに挑戦し、転倒なく跳び切った。スピンでもすべてレベル4を獲得。「自分が目指していた演技」をやり切り、自身最後となるであろう五輪を締めくくった。

トリプルアクセルで歴史に名を刻む
 結果的には金メダルはおろか表彰台にすら手が届かなかった。それでも、この4年間の努力は決して否定されるものではないだろう。五輪で勝つためにはトリプルアクセルを捨てるべきだったという見方もある。今大会で優勝したソトニコワと2位のキム・ヨナ(韓国)が跳んだ3回転ルッツ−3回転トゥループの基礎点は10.10点。それに対し浅田のトリプルアクセルは8.50点だ。失敗するリスクを考えれば、ほかの要素を磨くべきだったという批判は付きまとうかもしれない。

 しかし、佐藤コーチはそれを受け入れた上でこう語る。
「コーチとしてトリプルアクセルを入れるのが良いのか悪いのか、もっと冷静に考える必要があると思っています。でも彼女の夢なんだから、何を言われようと最後まであきらめずにやらせてあげようと心を鬼にしていました。それで今回は跳べたということで良かったと思っています」

 女子選手として五輪2大会連続でトリプルアクセルを成功させたのはもちろん史上初。金メダルは手にできなかったが、再び歴史に名を刻んだ。「今まで支えてくれた皆さんに、メダルという形で残すことはできなかった。恩返しするためにあと残されたのは自分の演技だけだと思ったので、最高の演技ができて良かったと思います」。ソチで挑んだラストダンス。苦しみに打ち勝った浅田が、涙のあとに見せたのは最高の“真央スマイル”だった。



お疲れ様、真央ちゃん。
信夫先生の「何かあれば先生が助けにいくから」っていう言葉がとても印象的でした。
バンクーバーから、先生と一から直したスケーティング。
ソチで実ってよかったですね。

「次は?」的な記事が多いですけど、もう真央ちゃんは競技の世界から引退して、のんびりしてほしいです。
もう、世界選手権もその後のエキシツアーも、みーんなブッチして。
スケ連どもに稼がせてやる必要はないです。
たくさん食べて、飲んで、遊んで、普通の人ができなかったことをこれからたくさん楽しんでくださいね。
今までたくさんの感動をありがとう、真央ちゃん!





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